男性が瞬間に見せる素顔を撮る 山岸 伸

インタビュー:2015年1月28日

山岸 伸 Shin Yamagishi

俳優・アイドル・スポーツ選手・政治家などのポートレート撮影が中心。グラビア、雑誌、写真集、広告等幅広く活躍。写真集出版は350冊を超える。北海道遺産であるばんえい競馬を撮り続け、写真展・写真集を出版。帯広市観光大使に任命されている(現在、とかち観光大使)。写真展『瞬間の顔』は、2007年よりスタートし、今回で7回目を迎える。また、2009年3月23日に慢性骨髄性白血病と診断されたが、毎日、撮影していれば元気でいれると、現在も笑顔で治療中。

被写体からパワーとエネルギーをもらう

山岸 伸氏の写真展『瞬間の顔 Vol.7』が、オリンパスギャラリー東京(2015年3月19日~4月1日)とオリンパスギャラリー大阪(2015年4月10日~4月16日)で開催されます。政治、経済、芸術、スポーツ、エンタテインメントなどの世界で活躍する男性68人を撮影した写真展。準備の真っ只中、山岸 伸氏のスタジオでお話を聞きました。

編集委員

『瞬間の顔』シリーズも、今回で第7回目を迎えました。第1回の写真展が開催されたのは2007年ですが、そもそもどうして『瞬間の顔』の撮影を始められたのですか。

山岸

(俳優の)西田 敏行さんや(柔道家の)吉田 秀彦さんを仕事として前から撮っていたのですが、長くお世話になった人たちのプライベートの写真を自分のカメラで残したいな、と思ったのがきっかけです。特に男性はね、仕事以外で写真を撮るってことがないから。

そして、これからもこういうことをしていきたいという話をしたら、西田 敏行さんはある方を紹介してくれた。吉田 秀彦さんは別の方を紹介してくれた。そんなふうにつながって、ここまで続いてきたということですね。

編集委員

このシリーズでは、累計で400人を超える男性が登場しています。これだけ続けられるエネルギーの源は何ですか。

山岸

僕は、普段は女性を撮るのが仕事なんだけど、女性に対しては自分のエネルギーをすべて放出しなければならないんです。朝の挨拶も「寒いだろう」「暑いだろう」「風があるね」から始まって、「メイクはこうじゃない?」とか、おだてたり、面白いことをいって笑わせたり…。そうやってエネルギーを放出するので、撮影はすごく疲れる。

だけど、男性の場合は、どんな方を撮っても全然疲れないんですよ。むしろ、撮った被写体から生きるパワーと写真を撮るエネルギーをもらって帰ってくる。帰りの車の中はいつも満足感に満たされて、助手にも「今日よかったねぇ」「気持ちいいねー」っていう言葉が自然と出るんですよ。

編集委員

そんな違いが出てくるのはなぜですか?

山岸

女性については「撮ってください」という依頼を受けて、僕が教えながら作り上げていくのが仕事の流れ。だけど、『瞬間の顔』というのは、僕が撮りたい人をこちらからお願いして撮りにいくわけだから、流れがまったく違うよね。そして、相手が自分の顔に責任を持ってくれる。

それに、この『瞬間の顔』に関しては、誰にもお金をいただいていない。こちらから払ってもいない。ある意味、100%の持ち出しなんです。図録を作っているんだけど、それも自費出版。部数が少ないので、かなりの赤字が出てしまう。

編集委員

報酬のない撮影なのですか。

山岸

そう。だから、お金の面では損をしていくだけです。じゃあ、成功とは何かというと、撮られた人が「とても気持ちがよかった」とか、「いい写真だったね」って思ってくれる、それだけなんですよ。

だけどね、今、僕は写真を撮りながら生きることが一番のテーマ。自分が撮影したいと思う人たちにパワーをいただいて、それを全身で受け止めて帰るという喜びは、僕が過去写真を撮りながら、経験したことがないものですね。

信頼する人々が被写体を紹介してくれる

編集委員

登場する被写体の多彩さに驚かされます。現役の国会議員、実業界の大物、音楽家、芸術家、オリンピックのメダリスト、学者…。もうため息が出るほどです。普通では考えられないような広がりですが、どのように撮影対象を選ぶのですか。

山岸

撮影をした人が紹介してくれる、それが基本ですね。僕に撮ってもらってよかったと思ってくれた人が「先生、この人を撮りませんか?」と推薦してくれる。相手にも「ぜひ先生に撮ってもらって、葬式の写真にしろよ」なんて冗談交じりに言ってくれる。そんなふうに特によくしてくれる人が10人くらいいるんです。

編集委員

撮影対象は、第一線でご活躍の方ばかりなので、時間を作ってもらうのが大変なのではないですか。

山岸

もともと高名な人とか有名人を撮ろうという気はないんだけど、いつの間にかそういう方ばかりを紹介していただくようになって、ハードルがどんどん高くなっているところはありますね。だけど、忙しい人っていうのは、本当に時間がないね。だから、スケジュール調整に半年以上かかることもあります。週に1人は撮らないと追いつかないから、いつも10人以上のスケジュールを同時に調整しています。

絵作りはしない、一瞬の顔を撮る

編集委員

実際の撮影は、被写体の仕事場に行くことが多いですよね。これだけの場数を踏んでいると、どこに行っても緊張することはないですか。

山岸

いやあ、バリバリ緊張しますよ。だって、ロケハン[※]とかできていないじゃないですか。だいたい大きな会社って、普段僕らは入れないところ。そういうところで、担当の方がちゃんと迎えてくれて、ドアを3枚くらい通って、いくつも受付を過ぎる。そういう行為自体が新鮮であり、緊張もしますね。

この間、選挙が決まった時期に、元大臣を撮りに行ったんですよ。これから選挙が始まる、という時期。バタバタじゃないですか。初対面です。紹介を受けて議員会館に行って、秘書とお話をして、助手と待っているわけです。お茶を出されて、「どうぞおかけになって」と言われても、座ってお茶飲んでいるわけにもいかない。やっぱり、いつ入ってきても、まずはパッと挨拶ができるように準備はしておかないといけないから。すると、秘書の方が「すみません。代議士、ちょっと遅れています」と。そういうときは、本当は早く撮って帰りたいわけですよ。緊張感って、そんなに長くは続かないんでね。

そこへ「どうもすいません、遅れちゃって」と代議士が入ってくる。名刺を渡す。代議士の先生も名刺をくれる。「さあどこで撮りますか?」と。「そこで結構です」。すると、「えっ、ここでいいの?」という感じなんです。で、レフ板を1枚だけテーブルに置いてパシャパシャっと撮る。もちろん、その前にカメラのホワイトバランスなどは全部正しく設定してあるわけです。で、ちょっと雑談して帰る。それで、いい写真が撮れていますよね。

編集委員

本当に瞬間の出会いですね。

山岸

そうそう。僕はね、基本的に人とは深くならないんですよ。だから、すべて瞬間なんです。「撮影が終わりました」っていうと、100人中100人が「えっ?」って驚く。撮る行為っていうのはだいたい5分か10分くらいだし、10枚くらいしか撮らない。あとは、時間があれば、ちょっと世間話して、僕がまったく知らないことを教えてもらったり、「君、いいことしているね」「もったいないね」とか、「このビジネススキームはどうなっているんだ」とか。「いや、まったくありません」ってね(笑)。まあ、相手からはいろいろ聞かれますよね。

編集委員

撮影自体に長い時間をかけることはないのですか。

山岸

絶対にないですね。この『瞬間の顔』は、総理大臣でも寿司職人でも、みんな同じ目線で撮っているんですよ。相手がお金持ちだから、時間をかけてじっくり撮ったらお金くれるんじゃないか、なんて気持ちもまったくないし、撮った写真を売ってくれって言われても売らない。それは差し上げるということで。「もっと撮ったらいろいろ使えるのに」って言われるんですけども、僕にすればその1枚を撮りたいだけ。これについて欲ばるつもりはまったくない。

それに、時間をかけると、どんどん絵作りになっていきますから。長くいると、もっと格好よく、なんて思っちゃって、本人じゃない写真になっちゃうんですよ。100人並べたら、みんな同じポーズになったりとか。その人の一瞬の顔が出ていれば、僕はいいと思うんですよ。一瞬の顔というのは本当の顔ですよ。

昔撮った(ミュージシャンの)Char(チャー)さんなんて、撮った後に「ああ、笑っちゃった」って言ったもんね(笑)。本人は笑う気がなかったんですね。「ああ、笑っちゃった」って言って…。まあそれで終わりですけどね。

ロケハン~ロケーションハンティングの略。撮影場所の下見をすること。

初対面でもいい写真は撮れる

編集委員

今後も『瞬間の顔』の写真展は続けていきますか。

山岸

オリンパスさんが会場を用意してくれれば、ぜひね。まだまだあの人も撮りたいという人がいるし、スケジュール的に実現していない人もいる。周りには「よくそんなこと続くね」って言う人もいるけど、行った方が元気になる。

だって、フリーのカメラマンが仕事ではなく、「写真を撮らせてください」って行くわけですよ。大会社の看板を背負っていく取材ではない。相手にかなりのキャパシティがないと、受け入れてもらえないですよね。

この撮影の一番楽しいところは、会ったことのない、それも高名な方とか人気者が、お金ももらわないで、カメラマンが趣味でやっていることに協力して時間を割いてくれること。それに対してものすごく感謝もしているし、何かその人のためにできることがあれば、とも思うよね。

僕が『瞬間の顔』をやってきて得た宝は、「一見(いちげん)でもいい写真は撮れる」ことを覚えたこと。そして、日本で一番人を撮ったカメラマンになってやろうという意識も芽生えていますね。いつか写真を撮らなくなったときに、「ああ、カメラマンの山岸さんってこんなことをしていたんだ」「こんなにたくさん人を撮っていたんだ」と思われるように、これからもどんどん写真を撮っていきたいね。

文:岡野 幸治