海野 和男 Kazuo Unno
1947年東京生まれ。東京農工大学で昆虫行動学を学び、卒業後写真家の道に進む。1990年に長野県小諸市にアトリエを構え、1999年にはブログ『小諸日記』を開始。年100日程度を海外での撮影に充てており、今回のインタビューの後も、フランス領ギアナ、オーストラリア、マレーシアと撮影が続く。子ども向けの書籍を中心に200冊近くの著作があり、2017年12月にはチョウの撮影方法についての著書を出版予定。
インタビュー:2017年9月26日
海野 和男 Kazuo Unno
1947年東京生まれ。東京農工大学で昆虫行動学を学び、卒業後写真家の道に進む。1990年に長野県小諸市にアトリエを構え、1999年にはブログ『小諸日記』を開始。年100日程度を海外での撮影に充てており、今回のインタビューの後も、フランス領ギアナ、オーストラリア、マレーシアと撮影が続く。子ども向けの書籍を中心に200冊近くの著作があり、2017年12月にはチョウの撮影方法についての著書を出版予定。
昆虫写真家・海野和男氏が長野県小諸市にアトリエを構えたのは27年前のこと。今も年間100日以上を小諸で過ごされています。東京・市ヶ谷にある海野和男写真事務所にうかがい、小諸とその周辺で撮影した昆虫の写真を見せていただきながら、小諸の自然と子供たちの教育について語っていただきました。
編集委員
1990年に小諸にアトリエを構えられてもう27年ということですが、当時どんなことをお考えになって、小諸に拠点を設けられたのですか。
海野
僕はもともと東京生まれで、都会の真ん中は好きなんです。その一方で、雑木林の中に住みたいとずっと思っていました。それは、自分で自由にできる土が欲しいということです。東京でもこのあたりなら(皇居に隣接する)北の丸公園に近くて、けっこう虫もいるのですが、勝手に穴を掘ったりしたら怒られますよね。
その頃、住むところについていろいろ考えていたのですが、当時はバブルのころで東京の真ん中に家なんてとても買えない。だからと言って、東京郊外の住宅密集地には住みたくない。それなら山の中にしよう、と考えたわけです。
それまでに世界中を撮影して分かったのは、標高700メートルくらいのところにいろいろな種類の虫が住んでいて多様性があるということ。花が咲き、昆虫の活動が活発になるのは春から夏にかけてですが、1000メートルを超えるとちょっと寒すぎるんですね。700メートルより低いところは、日本では開発されてしまっていて自然がありません。そういう意味で、長野県の小諸は条件にぴったり当てはまったわけです。
編集委員
アトリエを作ってから、撮影生活はずいぶん変わりましたか。
海野
まったく変わりましたね。つまり、基地ができたわけですから。最初は夏だけそこにいるつもりだったのですが、だんだんとそこで過ごす時間が増えて、1年のほぼ半分は小諸で過ごすようになりました。その後少し減りましたが、それでも100日くらいは小諸にいます。小諸で飛んでいる虫が目につくようになるのは3月下旬からで、10月下旬まで見られます。
編集委員
撮影には毎日お出かけになるのですか。
海野
天気次第ですね。晴耕雨読ということで、天気が悪い日は原稿を書いたり、パソコンに向かったりしています。今年は天気が悪い日が多かったので、外に出なかった日もありました。晴れていれば、その日によって浅間山側に行こうか、蓼科山側に行こうかと考えます。浅間山方面なら車で15分くらい、八ヶ岳方面も白樺湖あたりなら30分もあればかなりいいところに行けます。
編集委員
小諸の作品は、主役の昆虫だけでなく、背景に写った美しい花やさわやかな青空、川の様子などにも自然の豊かさが存分に感じられます。
海野
長野県の青空は世界中で見てもかなりきれいなところです。特に山の上に行くと、かなりいいですね。チョウは晴れないとあまり飛ばないので、青空をバックにした写真が多くなります。長野県には絶滅危惧種のチョウが何種類もいるのですが、今年は飛んでいる姿を全種類撮ることを1つのテーマにしていました。
編集委員
絶滅危惧種が増えてきたのは、自然環境が変わってきているのでしょうか。
海野
いまは草地の管理がうまくいっていないから、草地を好むチョウが減っています。
編集委員
それは草地が減っているということですか。
海野
草地がないわけではないんです。問題は草刈りです。高原ではまったく草刈りをしない草地も成立しますが、小諸あたりの気候ではそれは成立しにくい。だから、草刈りをしなければいけないのですが、それをしすぎるんです。たとえば、ある特定の植物を食べる珍しいチョウがいたとします。そのチョウが幼虫の時期に徹底的に草刈りが行われると、それだけでそこにいるチョウは絶滅するわけです。それに草地をあまりに刈りすぎると、外来植物ばかりのつまらない草原になってしまいます。皆さん、そういうことをあまり分かっていないので何とか伝えたいといろいろやっているのですが、なかなかうまくいかないですね。
編集委員
今回、『Photo Gallery』のために選んでいただいた作品の中で、飛翔シーンには驚くことの連続でした。たとえばバッタが飛び立つときに体を縦に傾けたり、チョウは体をふわっと浮かせて飛び立ったりと、ふだんちゃんと認識していなかった瞬間がはっきりと分かりました。カナブンも、前羽を開いて飛ぶようなイメージがあったのですが、実際にはそうではないですね。
海野
このアオカナブンはアトリエのベランダで撮ったものです。ベランダに果物を置いておくと飛んできます。これを見ると分かるように、カナブンは飛ぶとき前羽は閉じたままですが、コガネムシやカブトムシは前羽を開いて飛びます。前羽を開くと、重い体を持ち上げるには有利です。ただ、自由に体を扱うのは難しくなります。つまり、羽が4枚あるよりも2枚のほうが上手に飛べるんです。
虫によって羽の使い方はいろいろです。ハチは羽が4枚ありますが、2枚を一緒にして飛んでいます。それによって、羽がヘリコプターの翼のようになって上手に飛ぶことができます。
編集委員
チョウの飛び方もイメージしていたのと違って面白かったです。
海野
これはモンシロチョウですが、チョウは基本的にこういうふうに羽をほぼ真下に打ち下ろします。上もほぼ真上まで跳ね上げます。チョウはひらひら飛ぶイメージがあるためか、実際にどうやって飛んでいるか、意外とみんな知らないですね。
これは赤トンボ。トンボは何かに止まるとき、足を伸ばしてそれをつかみにいきます。虫は飛び立つシーンよりも止まるシーンを撮るほうがずっと難しいのですが、赤トンボはとても楽に撮れます。飛んだと思ったら、またすぐに同じところに戻ってくるからです。
編集委員
OM-D E-M1 Mark II には、シャッターを押す前の瞬間を記録できる『プロキャプチャーモード』が搭載されました。飛翔シーンの撮影にはこのモードをお使いになっているのですか。
海野
プロキャプチャーモードができたから、こんなにたくさん撮れるということですね。撮影対象にもよりますが、バッタの飛翔などはプロキャプチャーモードでないとまず撮れないですね。
編集委員
これまでもチョウの飛翔シーンなどたくさん見せていただいていますが、以前はそろそろ飛ぶだろうということを予測して連写し、その中から選んでいたのですか。
海野
フィルム時代で連写もできなかったころは、飛ぶ瞬間を予測して一発で撮っていました。フィルムからデジタルに時代が変わっても撮影の基本はあまり変わらなかったですね。
編集委員
プロキャプチャーモードでは、今と思った瞬間から実際にシャッターが押されるまでのタイムラグが問題になるそうですね。
海野
E-M1 Mark II の初期設定では、シャッターを半押しすると秒60コマでバッファーにデータをためて、シャッターを全押しすると、その瞬間から手前の14コマ分がメモリーカードに記録されます。だから、実際にシャッターを切った瞬間から約0.25秒前からの写真が残るわけです。
プロキャプチャーモードができて初めて分かったことですが、僕の場合、飛び立ったと思った瞬間から実際にシャッターを切るまでに0.2秒くらいのタイムラグがあります。記録されるのは0.25秒前からなので、飛翔の瞬間が1,2枚撮れているとラッキーという感じですね。普通の人はシャッターを切るまでのタイムラグがもうすこし大きくて、昆虫の飛翔シーンがうまく撮れない人がいるようです。その場合はもう少し前の瞬間からの写真が残るように秒30コマに設定を変えるか、『プロキャプチャー連写L』というモードにして秒18コマの設定を試してみるといいですね。
編集委員
今回の作品は、『子供の教育と写真』という観点から選んでいただきましたが、その狙いについて教えてください。
海野
子供たちに、小諸にはこんなに素敵なチョウがいっぱいいることを知ってもらって、自然に親しんでほしいですね。その中には絶滅危惧種もいます。とてもよく似たものがいるので、それを見分けるのも1つの勉強だよということも伝えたいですね。たとえば、ヒョウモンチョウの仲間は小諸には10種いて、素人目には皆似ています。(写真を見ながら)ウラギンヒョウモンの羽の表はこれで、ギンボシヒョウモンの羽の表はこれです。こんなの、あまりに似ていて分からないでしょ。ところが裏の模様をよく見ると、違うんです。
編集委員
ギンボシヒョウモンのほうは銀色の点々がありますが、ウラギンヒョウモンのほうはもっとのっぺりとしていて白いですね。
海野
こういうものは、標本で簡単に見せられますが、僕は実際に野外で見てほしいのです。チョウが飛んでいるところを秒30コマのプロキャプチャーモードで連写すると、ちょうど1コマおきに羽の表と裏が写ります。だから、プロキャプチャーモードは種の同定をするのにも便利ですね。
最近うれしいのは、子供のころに僕の本を見て虫や写真が好きになったという人によく出会うことです。大学生もいれば、専門学校を卒業してスタジオのアシスタントカメラマンになっている人もいます。だいたいみんな20歳くらいです。
僕は1982年ごろから子供向けの本を出していますが、特にたくさん本を出したのが2000年から2010年くらいです。子供が虫や写真に興味持つのはみんな9歳ごろなんですが、僕が特にたくさん出版していた時期に9歳だった子供たちがいま16歳から26歳くらいになっている。そういう人たちに出会うと、子供向けの本の仕事をするということは、ものすごく大切なことだと改めて思いますね。
文:岡野 幸治
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