岩合 光昭 Mitsuaki Iwago
19歳のときに訪れたガラパゴス諸島で、自然の圧倒的なスケールに触れ、動物写真家としての道を歩き始める。20歳代からネコの写真も撮り続け、2005年出版の『ちょっとネコぼけ』(小学館)が大人気になる。2012年にはテレビ番組『岩合光昭の世界ネコ歩き』(NHK BSプレミアム)が始まり、番組と連動した写真展も全国を巡回中。近著に『岩合光昭の世界ネコ歩き』(クレヴィス)など。
インタビュー:2015年4月15日
岩合 光昭 Mitsuaki Iwago
19歳のときに訪れたガラパゴス諸島で、自然の圧倒的なスケールに触れ、動物写真家としての道を歩き始める。20歳代からネコの写真も撮り続け、2005年出版の『ちょっとネコぼけ』(小学館)が大人気になる。2012年にはテレビ番組『岩合光昭の世界ネコ歩き』(NHK BSプレミアム)が始まり、番組と連動した写真展も全国を巡回中。近著に『岩合光昭の世界ネコ歩き』(クレヴィス)など。
ネコの写真が大人気の動物写真家・岩合 光昭氏。NHK BSプレミアムで放送されている『岩合光昭の世界ネコ歩き』は、放送開始からまもなく4年目に入ります。今回のインタビューでは、ニューオーリンズ編の撮影と番組制作の裏側、そしてムービー撮影とスチール撮影の違いなどについてお話を聞きました。
編集委員
『岩合光昭の世界ネコ歩き』は、月1本のペースで新作が放送されています。番組のロケ先はどうやって決めているのですか。
岩合
最初の1年半くらいは、以前に自分が訪れてネコがいることを知っている国を選んでいました。ところが、そのうちに持ち駒がなくなってきたので、行ったことはないけれどネコがいそうな国を提案するかたちになりました。3年目はプロデューサー、ディレクターとコーディネーターの方にリサーチしてもらって、その結果を踏まえて決めています。
ただ、コーディネーターの方からの情報だけでは、僕たちが撮りたい映像が得られるかは分かりません。そこでディレクターが1週間前に現地に入って、実際にネコを見て、本当に撮影できるかを確認しています。
編集委員
もし1週間前の段階で、そのネコでは難しいと判断した場合、新しいネコを探すことになるのですか。
岩合
探します。ベルギーではこんなこともありました。事前に飼い主の方と交渉して、「明日の朝行きますよ」という話をしていたのに、翌朝インターフォンを鳴らしても寝ているらしく応答がありません。仕方ないから、その場でネコ探し。そしたら、そこにいたおばさんが「家にネコがいっぱいいるわよ」と。そこで、すごくかわいい子に出会いました。そんなふうに、偶然にいい出会いに恵まれることもあります。
編集委員
番組を見ていると、ネコが何を考えているのか、どんな行動をするのか全部分かっているように見えて驚きます。ネコがやってくるところにちゃんとカメラが待ちかまえていて、ずっと追いかけていったりします。
岩合
飼いネコの場合は、事前にディレクターが飼い主さんと話をして、名前や性別、家族関係、ガールフレンド、ボーイフレンドはもちろん、何時頃にどこでひなたぼっこをするといった1日の動きも、かなり詳しく聞いています。だから、塀に飛び上がる瞬間を反対側から捉えたり、遠くから戻ってくるネコを待ち伏せて撮ったりもできます。
ただ、番組ではいい瞬間だけをご覧いただいていますが、ネコの動きは本当に予測不可能ですから、実際には外れのほうが多いです。だから、59分番組を作るために、何十時間も撮影しています。1回の番組で約10日間ロケしますが、それでも本当にギリギリのところでやっている感じです。あるロケで、1匹のネコに4日間張り付いたことがあるんです。そうすると、もししくじったら番組ができるかどうか分からない。スタッフには「大丈夫だから」と言っていましたが、内心では心配していましたね。
編集委員
番組では、ご自身でムービーカメラを回していらっしゃいます。番組のロケと並行して写真撮影を行われていると思いますが、スチール撮影はムービーの撮影が終わった後に行うのですか。
岩合
同時に撮影することもあります。そのために首からスチール用のカメラを提げています。
編集委員
そんなことができるのですか。
岩合
同時に撮ることはずっと前からやっているので、もう慣れていますね。光の読み方やネコの撮り方は、ムービーもスチールも同じなので、カメラを置きたい場所は一緒になります。ただ、シャッターチャンスについては、ムービーとスチールを同時に撮れないことがあります。
チリで撮影したときのことは今でもよく覚えています。坂道を登っていく雄ネコがいたんです。ローアングルで坂道を撮影していると、そのネコが左からフレームインして右へフレームアウトした。「いいな」と思って撮っていたら、そのネコが180度回転して、今度は右フレームから入ってきたんです。そのとき、強い風が吹いて、落ち葉がふっと上から落ちてきた。そして、それが彼のおでこにパンと当たったんです。そのとき、彼がかなり慌てた顔をしたんですよ。それは本当にいいシーンで、ムービーでは撮れているんですけれど、スチールでは撮れませんでした。ほんと一瞬でしたから。あれをスチールでも撮れていたら最高でしたね。今でも目に焼き付いて離れません。
編集委員
今回のロケでは、スチール用のカメラはOM-D E-M5 Mark IIを使われていますが、使い心地はいかがでしたか。
岩合
普段使っているOM-D E-M1と同じように、このサイズでこれだけシャープな画像が撮れるのは素晴らしいですね。今回の機種はバリアングルモニターになったので、縦位置でカメラを地面すれすれに構えられるようになりました。ネコの撮影をするときは、ネコの頭よりもカメラを低く構えたいので、これはすごくうれしいですね。
あとは、「静音撮影モード」ができて、番組スタッフがものすごく喜んでいます。僕のムービーカメラには小型マイクが仕掛けてあって、僕のつぶやきを録っているのですが、そのマイクがシャッター音を拾ってしまうのです。音声さんがあとからそれを消すのが大変で、シャッター音を落としきれないために、自然音が使えないこともありました。今回のニューオーリンズ編は、自然音もいい音がたくさん入っていますよ[※]。
※ ニューオーリンズ編は、2015年6月27日に放送済み。
編集委員
ニューオーリンズは、フランスやスペインの植民地だった時代があり、歴史のある街ですね。
岩合
フレンチ・クォーターと呼ばれる地区の街並みには、当時の雰囲気が感じられます。ここにいるネコたちは、おそらく植民地時代にフランスやスペインからやってきた人たちが連れてきたネコの子孫じゃないかと、そういうことはかなり意識して撮影しました。
編集委員
事前に、どのくらいの情報を持って出かけられたのですか。
岩合
過去にメンフィスからニューオーリンズまでミシシッピ川沿いに移動しながら、ネコをスチール撮影したことがあるんです。ですから、今回撮影した何カ所かは、僕が知っているところでした。『ちいさいおうち』という昔の絵本をご存じですか。そこに出てくる家と同じイメージの家があって、ここにネコがいたらいいなと、そのとき思っていたんです。今回、芸術家のところにネコがいるから、ということで撮影に行ったら、まさにその小さい家でした。動物の撮影をしていると、往々にしてそういうことがあるんです。家の前を通りかかった時、ネコがいる気配のようなものを感じていたのかもしれないですね。
編集委員
この写真の音楽ホールも雰囲気がありますね。
岩合
ニューオーリンズは音楽の街だから、やはり音楽と合わせてネコを撮りたいなと思っていたんです。事前のリサーチでジャズホールにネコがいると聞いていたので、コーディネーターに聞いてもらったら、その2匹はもう天国に行ってしまったことが分かりました。困ったなと思って、ジャズホールに電話してみたら、「1匹、新人が来たよ」って。撮影に行ったときに、ちょうどジャズピアニストが練習に来ていたんですけど、「君のために1曲やるよ」という感じで、ネコに向かって、「Hey, baby」って声をかけたんです。それがすごく格好よくてね。彼も、ネコ好きだって言っていました。
編集委員
ここは趣のあるホテルですね。
岩合
歴史のあるホテルなんですけど、ネコが本当にくつろいでいる。こういう様子は、借りてきたネコは絶対に見せてくれないですね。ネコはテリトリーがはっきりしていて、自分の臭いがしないところでは落ち着きませんから。この写真は古本屋です。本屋さんのネコらしく、賢いネコでしたよ。本に手をかけて引っ張り出したりする。精算カウンターで昼寝するときに、ご主人がすっと本を2、3冊置くと、それを枕にして寝るんです。「ええっ、こんなことするの?」って、ビックリしましたよ(笑)。
編集委員
番組はすごい人気ですね。
岩合
番組を始めたとき、ある程度の反響は予測していましたが、1年目を過ぎた頃から本人も驚くほどの事態になってきました。写真展では、熱心なネコ好きの方々に「本当に長生きしてくださいね」「番組、絶対に止めないでくださいね」と言って握手されたりします。
編集委員
番組を開始した頃から、どんなことを大事にしてきたのですか。
岩合
徹底的にネコの立場に立って考えてみることです。最初にスタッフに言ったのは、「飼いネコか野良ネコかなんて関係ない。ネコはネコなんだから」ということですね。飼い主と称する方は、「私はネコを飼っている」と言うけれど、ネコはそうは思っていない。むしろ飼い主を自分のものみたいに思っている。それで、「この番組はネコ主体だからね」ということを言いました。
あとは、撮影でネコの嫌いなことはしない。ネコが嫌がるのは、たとえば速い動き。スタッフが急いで三脚を持って来ただけで、ネコが身構えてしまうことがあります。ネコの近くで速い動きは禁物です。それと、目線の高さをできるだけネコと同じにすること。「みんな座って」と、いつもスタッフに言っています。
編集委員
そういう作り方だからでしょうか、番組をたくさんのネコたちが見ているとか。
岩合
ネコの番組ということをネコ自身が感じてくれるのかもしれないですね。なかには文句を言う人がいて、「ウチには5匹ネコがいて、番組が始まるとテレビの前に横一列に並ぶから、俺はテレビが見られない!」なんて言っています(笑)。
文:岡野 幸治
Copyright © Mitsuaki Iwago
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