自然の楽園ガラパゴスを見つめながら 岩合 光昭

インタビュー:2016年8月18日

岩合 光昭 Mitsuaki Iwago

1970年に訪れたガラパゴス諸島で、自然の圧倒的なスケールに触れ、動物写真家としての道を歩き始める。日本人写真家として初めて『ナショナルジオグラフィック』誌の表紙を2度にわたって飾るなど、想像力をかき立てるその写真は世界中で高く評価されている。『地球動物記』『生きもののおきて』など写真集、著書多数。近年は、猫を撮影した写真集が人気を集めている。

船をチャーターして10の島々をめぐる

南米大陸から1000キロの沖合に浮かぶガラパゴス諸島は、ダーウィンが進化論のヒントを得た場所として有名です。大型の哺乳動物がいないこの島々には、アオアシカツオドリなどの海鳥、ダーウィンフィンチなどの陸鳥、ガラパゴスゾウガメなど、さまざまな進化を遂げた生き物が棲息しています。このたび10数年ぶりにガラパゴスを訪れた動物写真家・岩合 光昭氏に、撮影の様子やガラパゴスの変遷についてお話をうかがいました。

編集委員

日本からガラパゴスはとても遠いですが、どのような交通手段を使うことになりますか。

岩合

アメリカ経由でエクアドルに入り、そこから飛行機で1時間30分、というのが一般的なルートです。今回、僕はパナマシティからエクアドルに入りました。ガラパゴスには小さいものを含めると空港が3つあって、そこからは船で島々を回ります。船員を入れても9人乗りという小さな船をチャーターして、10の島々を回りました。

編集委員

ガラパゴスの生き物は、どんなところに魅力がありますか。

岩合

鳥が主な被写体となりますが、鳥が人に対して脅えないというのがいいですね。こんなに鳥が人を恐れないところは、ほかにはないですね。特に、海鳥がたくさんいます。近くを寒流と暖流が流れているので、プランクトンが多く、海の生物が豊かなんですね。寒流があるおかげで、赤道の近くなのにペンギンもいます。ほかにも、フィンチなどの陸鳥、ゾウガメ、アシカなど、被写体は豊富です。

編集委員

人を恐れないのは、撮影面でのメリットが大きいですか。

岩合

カメラのレンズは近ければ近いほどシャープに写りますから、うれしいですね。それに、広角レンズを使って、周りの環境まで写しこむこともできます。

動物が目の前でくつろいだ姿を見せる

編集委員

動物たちの自然な姿を捉えた数々の写真の中で、アシカのリラックスした姿には特に引きつけられました。

岩合

島には観光客も多いのですが、この写真は観光客が来る前に撮ったものです。こんな姿を見せるのは、観光客が来る前の、朝のひとときだけですね。アシカは人の存在には慣れていますが、あまり近づくと攻撃してくることもあります。特に、子どもがいる場合はそうですね。だから、「大丈夫だよ、あなたに危害を加えたりしませんよ」という信号のようなものは、やっぱり送らないといけない気がします。

この写真を撮ったときは、アシカが自分からやってきました。僕が流木に座っていたら、こっちに寄ってきて、流木を枕にしたのです。動物は不思議なんですけど、一頭が「この人、大丈夫だよ」ということを態度で示すと、もう全員大丈夫になるんですね。この子は、僕に近づいてきて、目の前で砂浴びをしていましたね。

編集委員

このウミイグアナの写真を見ていると、自分がイグアナと一緒に泳いでいるような気持ちになります。

岩合

実際、そんな感じで撮りました。イグアナとの距離は結構近いですよ。もう目の前にいるくらいです。ウミイグアナが海藻を食べた後に、すうーっと浮上してきたところです。

編集委員

水中写真は、陸上での撮影とは異なるテクニックも必要ですか。

岩合

足場がないから、強い波が来て岩にたたきつけられそうになることもあって大変ですね。水中では、だいたい1~2メートルの範囲がクリアに写ります。ガラパゴスの海は、それほど透明度が高くありませんでした。なるべく被写体に近づきたいところですが、こっちから寄っていくと、向こうは避けようとします。だから、アシカを撮ったときは、向こうが関心を抱くように足ヒレを前に出してみたら、アシカがそこにかみついてきたりしました。

動物たちの組み合わせの妙

編集委員

異なる生き物が同じ場所にいる写真は、どこかユーモラスな感じを受けます。アシカの上にトカゲが乗っていたり、鳥のすぐそばにイグアナが写っていたり…。

岩合

そういう写真は、今回結構狙いましたね。トカゲはは虫類だから、曇っているときは暖かいところを求めて、アシカの身体に乗ってくるんです。こちらの写真のマネシツグミは、この後でリクイグアナの上に乗っかりました。それにはちゃんと理由があります。イグアナが動くと周囲から虫が出るので、ツグミはそれを狙っているわけです。

編集委員

これは、イグアナの中心にペリカンが鎮座していますね。

岩合

ウミイグアナが密集していてペリカンはほかに居場所がないんですね。ここは上陸できないポイントだったので、ゴムボートの上から撮りました。海に結構なうねりがあって、ボートが高い位置に来たときにシャッターを切っています。300mmのレンズで撮っているのですが、このレンズはサイズがコンパクトなので、楽ですね。手ぶれ補正もよく効きました[※]

編集委員

この鳥は、足がペンキで塗ったような青色でおもしろいですね。

岩合

アオアシカツオドリです。求愛のディスプレイをしているところです。オスは青い足でステップを踏むようにして、メスの周りを踊ります。とても興味深くて、被写体としては最高ですね。最初は、こちらに対して「なんだ、なんだ?」という顔で警戒しているんですが、こっちがじっとしていると、次第に「まあ、いいか」という感じになるんです。求愛のステップが終わった後に、スカイポイントと言って、くちばしを天に向けてピュイーンと鳴くことがあります。

M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO

19歳で経験したガラパゴスは鮮烈だった

編集委員

岩合先生にとって、ガラパゴスは思い出の地でもあるとか。

岩合

19歳のとき、(動物写真家だった)父のアシスタントとして初めてガラパゴスに行きました。それまで国内の撮影に同行することはあったのですが、海外は初めてでした。「ああ、いいところへ来たな」と思いましたね。びっくりしましたよ。だって、目の前にカツオドリの卵があって、そこからヒナが顔を出すんです。「ええ、本当?」という感じですよね。海に潜っていたら、後ろから肩をたたかれて、「だれだ?」と振り返ったら、それはアシカでした。それはもう感動しましたね。

編集委員

そのころには、もう動物写真家になることを決意していたのですか。

岩合

いや、動物写真は絶対にやらないと思っていました。なにしろ地味で汚い、3Kの職場と思っていましたから(笑)。それよりも、ファッション業界とか華やかな世界に行きたいと思っていました。それがこの体験で一変しましたね。

初めての海外撮影がガラパゴスでなかったら、もしかすると動物写真家にはなっていなかったかもしれないですね。ガラパゴスの後、インドのトラ撮影に同行したのですが、そのときは2週間滞在して15秒しかトラを見られなくて、ほとほと参りました。それが初めての海外体験だったら、「絶対に動物写真家にはなってやるもんか」と思ったかもしれないですね(笑)。

時代の流れに対応しながら

編集委員

今回の撮影では、どんなことが印象に残りましたか。

岩合

とにかく人が多いこと。1970年と比べると、観光客は100倍以上になっているでしょう。当時は、ガラパゴスを訪れる人は年間1000人から2000人の間でした。エクアドルの空港で「どこに行くんだ?」と聞かれて「ガラパゴス」と答えたら、「それはどこにあるんだ」と言われたくらいですから。その後も何度かガラパゴスを訪れていますが、今回驚いたのはイグアナがすこし人間を恐れるようになっていたことです。「なんで怖がるの?」と不思議な思いがしました。観光客が多すぎる影響ではないでしょうか。

編集委員

観光客が多いと、撮影も難しいのではないですか。

岩合

そうですね。観光客と一緒になると撮影になりません。基本的に、夜は船で寝て、朝になったらゴムボートに乗って島に上陸します。上陸できるのは朝6時からなので、5時59分には岸のそばにいて、6時きっかりに上陸するようにしました。どんなに早い観光客でも船を出発するのが6時ごろですから。

編集委員

最近は、エコツーリズムが盛んになってきて、観光客が増えた一因でもあると思います。対象地域の自然保全に責任を持ちながら、自然を体験し、自然を学ぶということだと思いますが、それについてはどのようにお考えですか。

岩合

僕は賛成します。やっぱり人は、そこに行ってみないと分からないし、自分で判断するしかありませんから。ガラパゴスのように、厳しいルールを守って自然を鑑賞していただければと思います。

ただ、動植物に興味がある方々の中には、自分が何種類の動物を見たかということに関心があって、鳥を見るにしてもチェックリストを持っていたりする方がいるんだけど、「それは本当に鳥を見ているの?」と言いたくなるときがありますね。僕自身は、その鳥が希少動物かどうかということにはそれほど興味がなくて、自分で見て、「ああ、こういう行動をするのか」と驚いて、自分が感じたことを撮りたいといつも思っています。

文:岡野 幸治