熱帯雨林で学んだ自然の摂理を伝えたい 海野 和男

インタビュー:2015年3月27日

海野 和男 Kazuo Unno

東京農工大学の日高敏隆研究室で昆虫行動学を学ぶ。アジアやアメリカの熱帯雨林地域で昆虫の擬態を長年撮影。1990年から長野県小諸市にアトリエを構え身近な自然を記録する。著書「昆虫の擬態(平凡社)」は1994年日本写真協会年度賞受賞。2015年にその続編を出版予定。日本自然科学写真協会会長。

初めてのアフリカ大西洋岸、カメルーンへ

昆虫写真家・海野 和男氏が、2014年12月に、カメルーンを訪れました。年に数回は外国を訪れる海野氏ですが、アフリカ大西洋岸の国は今回が初めてとのこと。どんな撮影になったのか、海野和男写真事務所でお話をうかがいました。

編集委員

今回、どうしてカメルーンを撮影場所に選んだのですか。

海野

これまでアフリカは東側と中央しか行ったことがなくて、大西洋岸にもぜひ行きたいと思っていたんです。25年ほど前に、当時のザイール、いまのコンゴ民主共和国に行ったのですが、そのときの撮影がすごくよかったこともあります。それで、カメルーンにはいっぱい虫がいそうだから、今度はカメルーンに行ってみようと考えました。

編集委員

虫が多いと予想されたのはなぜですか。

海野

ポイントは、熱帯雨林がどれくらい残っているかです。特に、雨季と乾季がない熱帯雨林がいい。たとえば、南米のアマゾンとかアンデスの麓、アジアだとインドネシアやマレーシア、アフリカだとカメルーンやガーナになるわけです。ただ、熱帯雨林は、世界でどんどん減少していて、残っているのは国立公園みたいなところばかり。ひどいものですね。切り尽くされていても、二次林[※]が残っていれば昆虫はいます。

編集委員

今回の取材では、特に撮りたいものがあったのですか。

海野

いつもは出会ったものを撮るという感じなんだけど、今回はゴライアスオオツノハナムグリという、世界で一番大きいコガネムシを撮りたいと思っていました。子どもの頃からの憧れでね。前にコンゴ民主共和国に行ったときに1回だけ見たんだけど、今回は絶対に飛ぶところを撮りたかった。あとは、どんな木に来るのか、高い木なのか低い木なのか、そんな生態についても知りたいと思っていました。

原生林が伐採や火災などで失われたあとに自然に再生した森林

子どもの頃からの憧れのチョウに出会う

編集委員

滞在中、ずっとゴライアスオオツノハナムグリを狙っていたのですか?

海野

前半はエボゴという場所でチョウなどを撮影し、後半をゴライアスの撮影に充てました。エボゴはフランス人の昆虫マニアのホームページで知った場所なのですが、行ってみると夢のような世界で、すごくよかったです。行ってから分かったんだけど、大昔からフランス人のコレクターが入り込んで、チョウとかすごくマニアックな甲虫とかを捕まえてる場所なんです。国道から舗装されていない道を入ったところにあるんだけど、その道を進んでいくと、川があって、そこで行き止まりになる。道の両側には畑や林があって、毎日その道を2、3キロ歩いていって、撮影が終わると、また歩いて戻ってくる。そういうことを毎日繰り返していて、いいところだな、こんなところがあるんだなと、非常に楽しかったです。チョウは、そんなふうに大規模には開発が進んでいなくて、暮らしのための畑があって、村の裏に林があるようなところにたくさんいるんです。

編集委員

「PHOTO GALLERY」で公開していただいた作品には、チョウの写真がたくさんありますね。

海野

そこで、まさか撮れるとは思っていなかったチョウが一度だけ現れて写真が撮れました。それは、ザルモクシスオオアゲハというチョウ。(書棚から立派な装丁の図鑑を取り出して)これは僕が小学校のときの図鑑。ここに出ているんですけど、アフリカを代表するアゲハチョウなんです。

前にコンゴ民主共和国に行ったときにこのチョウが1回だけロッジの庭にやってきて、鶏を飼っているところに降りかけたんです。だけど、そのまま行っちゃった。見ただけじゃしようがないんで、やっぱり撮りたいな、と思っていたんだけど、まさかここで撮れるとは思っていなかった。午後、川でチョウを半日待っていると、そこに一度だけそのチョウが現れたんです。

チョウがこちらを気にしなくなったらシメタもの

編集委員

チョウの写真を撮る場合、そんなふうに半日とか1日、同じ場所で待つことはよくあるのですか。

海野

それはよくありますね。だいたい僕はチョウが川岸に来るところが好きなんです。今回はなかなかそんな場所がなかったんだけど、ようやくそんなところを見つけて、そこでの撮影には3日間かけました。チョウが10種類くらいいて、運がよければ1時間で撮れるんだけど、いい写真を撮りたいとなると時間がかかる。チョウがやってきても、近づいて逃げられちゃったら、そのチョウは次の日まで戻ってこなかったりするわけです。

「このチョウをどうしても撮りたい」となると、こっちの動きがぎこちなくなるんでしょう。虫の中でもチョウはそういうことにとても敏感です。だから、近づいて撮影させてくれるようになるまでに時間がかかります。でも、向こうが気にしなくなったらシメたもんで、もう魚眼レンズで近寄ろうが、バンバン撮れる。手にとまらせることだってできる。チョウも個性があって、同じ種類でも大胆なヤツと臆病なヤツがいる。だから、臆病なのはあきらめて、撮らせてくれそうなヤツを徹底的に狙います。

編集委員

空をひらひらと飛んでいるチョウの写真がとても印象的です。こんなふうに近寄って広角で撮れるなんて想像もできません。

海野

いや望遠で撮るほうが難しい。トンボだったら望遠がいいんだけど、チョウはふらふら飛ぶのでどこに行くか分からない。フォーカスも、AFで撮るのは無理。だから、マニュアルで撮るんですけど、望遠だとピントが合う範囲が狭いから、ものすごく難しい。

広角で撮るときは、AFの置きピンみたいな感じで撮ります。たとえば、あの辺にチョウがいると、まずこうやって手をかざしたりして、ピントを合わせる。それで、チョウからの距離がそのくらいになるようにカメラを持って行って、チョウが来るところを撮る。

それから、今回は40-150mmのレンズ[※1]を持って行ったんだけど、こういういいレンズが出ちゃうと、とまっているチョウなら、望遠でパシャっといい写真が撮れますね。

編集委員

このレンズを本格投入したのは、今回が初めてですか。

海野

初めてです。虫って小さいから、僕らにとっては、近寄れることが大切なんです。僕はこれにテレコンを付けっぱなしにして、420mm相当のF4の望遠レンズのつもりで使いました[※2]。420mm相当のF4で、0.7mまで近寄れるレンズなんて、他にないわけですよ。それでいて、写りがシャープ。フルサイズ換算300mmまでのレンズなら、単焦点を含めてもこれの写りが一番シャープでしょう。

※1 M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

※2 M.ZUIKO DIGITAL 1.4x Teleconverter MC-14を付けると、絞り値は1EV下がる

擬態の例をとにかくたくさん知りたい

編集委員

擬態の写真もいくつかありますね。我々は、海野先生の写真だから擬態に違いないと思って見ていますが、これが自然の中にいても分かるものですか。

海野

まあ、分かるときは偶然ですね。あとは、蛍光灯や街灯などの灯りに飛んでくるので、そういうところに朝早く行くと、葉っぱにとまっていたりする。僕は、昆虫の擬態のいろいろな例を知りたいので、ジャングルの中に灯りを持って行ったりもします。すると、南米あたりだとすごい数が集まることもあります。その中で擬態する虫を捕まえて放すと、自分が気に入った場所にとまる。実験しているようなものですね。

擬態する虫は、どこにとまると効果的かよく分かっているようで、葉っぱの表にとまるヤツは必ず表にとまる。こっちが裏側にとめても、やっぱり表に出てくる。反対に、羽が透き通るみたいに薄いヤツは必ず葉っぱの裏にとまる。そのほうが目立たないから。

擬態は1つ1つは大したことがなくても、たくさん見ていると法則性みたいなものも見えてきます。虫たちがどうやってそんなふうになったのか、進化の根源に迫るようなことを自分で考えられるのは素晴らしいことですよね。

編集委員

ところで、今回ゴライアスオオツノハナムグリとは出会えましたか。

海野

最初に行ったエボゴで、ゴライアスオオツノハナムグリが1匹灯りに飛んできたんですよ。それで、これなら最後の1週間のほうで、いくらでも撮れると思ったわけ。だけど、これがそもそもの間違いでね。

ゴライアスオオツノハナムグリは、ヨーロッパや日本でも売られていることがあるんだけど、ほとんどがカメルーン産なんです。商売になっているから、ガードが堅くて、現地でなかなかその場所に行き着けないわけです。結局大枚はたいて案内してもらって、やっとたどり着いた。それで木の上のほうにいるのを遠くから撮っただけ。その1枚を撮るのに5日間かかっている。もう悲しいですよね。いつかリベンジしたいなと思っています。

自分が理解した自然の姿を子どもたちに伝えたい

編集委員

カメルーン取材のあとも、マレーシア、ボルネオと精力的に海外で撮影をしていらっしゃいます。昆虫の写真でどんなことを伝えたいとお考えですか。

海野

昆虫の世界には、人間の世界とは違ういろいろな摂理があるし、環境との絡みで影響を受けたりもしています。僕は、子どもの頃からできるだけ海外に行きたいという夢を持っており、実際にその頃に見たいと思った場所、特に熱帯雨林の多くの場所でいろいろな虫を見ることによって、自分の考え方を構築してきました。虫は多様なので、どうしてこんな模様はできたのかなとか、どうしてこんな格好をしているのかなとか、いっぱい考えることがあるわけです。

それを僕なりの伝え方で新たに子どもたちに伝えていくというのが僕の仕事だし、趣味でもあります。標本にすると、どんなところに、どんな格好をしてとまるのか分からないけど、写真なら生育環境も含めて分かります。今年は、約25年ぶりに昆虫の擬態の本を作りますし、カマキリの本も作ります。マレーシアではチョウの一生をテーマにした子ども向けのフォトブックを出します。もう趣味と仕事が一致しているわけです。

文:岡野 幸治