「小諸日記」の20年間を振り返って海野 和男

インタビュー:2019年5月8日

海野 和男 Kazuo Unno

1947年東京生まれ。東京農工大学で昆虫行動学を学び、卒業後写真家の道に進む。1990年に長野県小諸市にアトリエを構え、1999年にはブログ『小諸日記』を開始。年に7~10回、海外に撮影に出かける。子ども向けの書籍を中心に200冊近くの著作がある。近著は『デジタルカメラで昆虫観察』(誠文堂新光社)、『アゲハチョウの世界 その進化と多様性』(平凡社)。2019年7月24日~8月28日に小諸高原美術館で『小諸日記20年』、2019年7月19日~7月24日にオリンパスギャラリー東京、8月19日~8月29日にオリンパスギャラリー大阪で、『オリンパス 生き物の不思議 フォトフェスタ「生き物の決定的瞬間・超拡大展」日本自然科学写真協会(SSP)有志写真展』を開催。

デジタルカメラの導入とともに小諸日記を開始

昆虫写真家・海野和男氏のウェブ日記「小諸日記」が、今年で20周年を迎えました。海野氏がアトリエを構える長野県小諸から昆虫や自然の写真とコメントでつづる日記は、これまで多くのファンを獲得してきました。まだインターネット環境が整っていない時代にどうしてウェブ日記を始めたのか、その間デジタルカメラはどのように進化してきたのか、歴史を振り返りながらお話をうかがいました。

編集委員

小諸日記が今年2月に20周年を迎えました。当時は、今ほどインターネット環境が整っておらず、個人でホームページを持つ人もあまりいなかったと思います。そんな時代に、どうして小諸日記を始めようとお考えになったのですか。

海野

きっかけはデジタルカメラですね。1998年秋にオリンパスのCAMEDIA C-1400XLを使う機会があって、こんなにいいカメラがあるんだ、と思ったんです。4、5日使っただけでしたが、これからは全部デジタルカメラで撮るぞと決めました。まず素晴らしいと思ったのは、撮影した日付や時間などのデータがきちんと残ること。当時はそれだけでも大変なことでした。例えば、カメラ雑誌の写真には絞りやシャッター速度が書いてあるけれど、絶対におかしいデータが書いてあるものも多かった。レンズの焦点距離だっていい加減なものでね。そういう嘘がつけない時代になるのは素晴らしいと思ったわけです。

編集委員

写真の写りはいかがでしたか。

海野

チョウがこんなにも簡単に撮れるのかと驚きました。それまで飛んでいるチョウにピントを合わせるのはものすごく難しかったのですが、C-1400XLで1枚撮ったらきれいなのが撮れた。これ、すごいじゃないということですね。デジタルに完全に移行することに決めたのは、その1枚が撮れたからですね。

後から理由が分かったのは、このカメラは撮像素子が小さかったということです。そのため、被写界深度が深かったのです。昆虫を撮る場合、チョウぐらいの大きさだと(撮像素子の対角長が4/3インチの)マイクロフォーサーズがちょうど良くて、それより小さい被写体だと2/3インチとか1/2.33インチの撮像素子が適しています。

海外からデータをアップして“毎日更新”を継続

編集委員

その後、ウェブ日記を始めたのは自然な流れだったのですか。

海野

その頃、ある通信会社から、インターネットのアクセス解析をするために僕にホームページを作ってほしいという依頼がありました。それが始まったのが1999年2月。ただ、最初はそこまで本格的にやる気はありませんでした。当時は、ネットなんかに作品を上げるのはどうなのか、と言われるような時代でした。ところが、やっているうちにどんどん面白くなってきて、5月頃には本腰を入れるようになりました。

編集委員

開始した頃の小諸日記を見せていただくと、小諸の自然の移り変わりが克明に記録されています。当時読んでいた人は、毎日お手紙をもらうような気持ちだったのではないかと思います。

海野

こちらとしては毎日いっぱい写真を撮っていて、撮ったらそれを載せたくなる。載せると、またどんどん撮りたくなるわけです。ところが、問題が出てきました。できるだけ小諸から更新したいと考えていたので、小諸に滞在する日数がどんどん増えて、ついに年間250日くらいになったのです。つまり、海外に撮影に行かなくなっちゃったんですね(笑)。

これはまずいということで、2000年にテレビの取材でオーストラリアに行ったとき、初めて海外から更新しました。車を1時間くらい走らせて電話を借りて、カプラーという通信機器を使って更新しました。当時は後から日付の修正ができなかったので、毎日更新するためには必ずその日の24時までに電話線につないでデータを入れなければならなかったんです。

編集委員

誰かに約束したわけではないけれど、毎日更新は大きなテーマだったのですね。

海野

ページに「毎日更新」って書いちゃったから(笑)。その約束は破れないですよ。

日々の違いを意識し、自然への理解が深まる

編集委員

実際のところ、毎日更新するのはかなり大変だったのではないですか。

海野

自分自身、ずいぶん勉強になりました。それまで季節の変化というのをそれほどは感じていなかったのが、1日1日うんと違うことが分かってきました。今日初めてこの種類のチョウが出てきたとか、何とかの花が咲いたとか。それで前の年と比べると、時期がずいぶん違うことも分かる。1週間早いとか10日早いとかいうことは、ごく普通にあります。そうすると、気候温暖化とか、そういう問題も考えるようになります。チョウチョウはどのくらい生きるのか、そんなことも分かってきて、採集するのは絶対に止めようという気持ちになったりもしました。

編集委員

小諸日記はどんな人に伝えたいと考えていたのですか。

海野

写真マニアや虫マニアということではなくて、自然が好きな一般の人ですね。そういう人にもっと自然の良さを知ってもらいたいということです。それを伝えるために僕は本をたくさん作ってきました。だけど、本は買ってくれる読者がいないと成立しないから、それほど斬新なものは作れない。そうではなくて、自分が驚いたり感じたりしたことを自由に書けるメディアが手に入ったということです。

読者の反応は直接は分からないけれど、アクセス数がどんどん伸びていきました。2年ちょっとで年間のページビューが200万を超えました。今と違って、当時の200万はかなりすごいわけ。それが2006年には800万ぐらいになった。やっぱりページビューが増えると、モチベーションも上がりましたね。

ここ20年間のデジタルカメラの進歩

編集委員

2000年にはいち早くデジタルカメラによる本格的な写真展を開催されています。その頃プロの写真家でデジタルカメラを使っている人はほとんどいなかったそうですね。

海野

昆虫以外を撮っている人に会うと、「海野さん、なんでデジタルなの?」って不審がられるわけです。だけど、必ず皆さん、デジタルに移行すると思っていました。その当時でも、印刷の現場はデジタルになっていました。デジタルカメラは、当然印刷のメディアとも相性がいいわけです。こちらからすると、もうこれしかないでしょうという感じですね。少し時間はかかるかもしれないけれど、仕事でフィルムを使う人はいなくなって、フィルムカメラは趣味の世界になるだろうと思っていました。

編集委員

これまで使ってきた中で、特に印象に残っているデジタルカメラはありますか。

海野

僕はこの20年間でオリンパスのデジタルカメラを25機種使ってきているけれど、特に好きなのは2003年に出たE-1と2016年のOM-D E-M1 MarkⅡですね。E-1は500万画素ですが、この時点でほぼフィルムカメラを超えたと言っていい。E-1が良いのは、青の発色。このカメラを使って初めて、偏光フィルターは本当はいらないことが分かりました。当時のデジタルカメラは、コントラストがなくて暗部が写りすぎるのが問題だったのですが、このカメラで露出を少しアンダーにして撮ると、暗部の階調がしっかり表現されて、しかも空が真っ青に写る。素晴らしいカメラでした。OM-D E-M1 MarkⅡは組み合わせるレンズが気に入っていました。12-40mm F2.8 PROも、その後に出た40-150mm F2.8 PROもとても良かったです。今は12-100mm F4.0 IS PROがあるので最高ですね。

小諸の自然と海外のチョウを写真展で紹介

編集委員

最近の小諸日記は、小諸の自然だけでなくいろいろな切り口で企画を立てて更新されていますね。

海野

海外取材が増えたので、その写真を1か月くらい続けて紹介したりしています。後はカメラの話。僕はカメラが好きですから、新しいカメラを使うと良いことも悪いことも含めていろいろ書きたい。それは以前からずっと続けていて、かなり評判がいいですね。最近やったのはクラシックカメラの企画。昔作って今はもう絶版になったクラシックカメラの本があるのですが、その本の写真をスキャンして1か月分のコンテンツを作りました。見てくれる人が減るかなと思っていたら、だんだんとアクセス数が増えて、結果的になかなか良かったです。僕はこれまでたくさん仕事をしてきたので、絶版になった本とか、原稿を書いたけど本にしなかったものとかいっぱいあります。そういうのを入れていくなら、仮に全く撮影しなくてもあと30年は持ちますね(笑)。

編集委員

夏には1か月にわたって小諸高原美術館で写真展が開催されます。どんな写真展になりますか。

海野

会場が広くて2部屋あるので、展示を2つに分けようと考えています。大きな部屋は『小諸日記20年』。これをどういう内容にするか、今悩んでいるところです。最近、小さな写真をたくさん組み合わせて見せるのが好きになっているので、そういう展示にするのも良いかなあと考えています。もう1部屋はこの春オリンパスギャラリーで開催した『「蝶・多様性の世界」~世界に蝶を求めて~』。これに新しい解説を付けて持って行こうと考えています。

文:岡野 幸治