生きている姿が一番素敵 海野 和男

インタビュー:2014年5月27日

海野 和男 Kazuo Unno

幼い頃から昆虫と写真が大好きで、東京農工大学卒業以来フリーの昆虫写真家として、国内外で取材を続ける。1990年から小諸にアトリエを構え、身近な自然を撮影する。1994年写真集『昆虫の擬態』で日本写真協会年度賞受賞。日本自然科学写真協会会長。

幼い頃から写真を撮るのが好き

昆虫写真で精力的な活動をされている写真家の海野 和男氏に、市ヶ谷の事務所でインタビューを行いました。

編集委員

写真との出会いを教えてください。

海野

物心ついた頃から写真は好きでしたし、カメラにも興味がありました。家にベス単[※]と呼ばれた古いカメラがありましてね。小学校のときに使っていて。あと、小さなおもちゃのカメラが200円くらいで模型屋さんで売っていて、そういうのを買ってきては身近なものを撮影していました。野外で初めて虫の写真を撮ったのは、高校1年生か2年生のときです。

コダック社が1910年代前半から製造・販売していた小型カメラの一種。

好きなんだから、撮ればいいじゃん

編集委員

写真を職業にしようと思ったきっかけは何ですか?

海野

通っていた大学の先生が雑誌『アサヒグラフ』に連載をしていて、僕が撮ってきた写真をそこに載せてくれたの。嬉しかったなあ。次の日から、写真家を宣言しました。何か好きなことをやろうということで、一番手近にあったのが写真機で、虫が好きなんだから昆虫の写真撮ればいいじゃんって。卒業から1年後には『チョウはなぜ飛ぶか』という写真集を作りました。お金はありませんから、フィルムはロールを買ってきて自分で切って、現像も全部自分でやって。サービスサイズくらいのプリントを貼りこんで、ラフレイアウトを作って、というような作業をやりました。これがすごく勉強になりましたね。印刷会社に行って、印刷も見たりとかしてね。

「君の写真はピントが悪い」

編集委員

写真を撮り続けてきた中での転機はありますか?

海野

僕は行き当たりばったりで撮るというか、撮る虫や構図やらを最初から決めて撮影に出かけるのではなくて、外に行って、そこで出会ったものを撮る。このスタンスは基本的にはずっと変わっていないです。

ただ、30歳になる少し前に、先輩の写真家にこう言われましてね。「君の写真はピントが悪い」。既に写真家として『アサヒグラフ』に連載を持たせてもらっていました。この言葉が悔しくて。ピントのいい写真を撮れるように、それから1年間は、勉強というのかな、努力をしましたよ。カメラの使い方がちゃんとわからないとダメなので、カメラの技法書を何冊も読みこんで、レンズの使いこなし方などもビッチリ学んだ。このときに、自分の立ち位置を再認識することにもなりました。僕は見えるものを写す写真家です。指摘をしてくれた先輩は「見えないものを写す」のが好きで、見えないものを定着させる。僕は見えるものを定着する人間でしたから、考え方はかなり違っていたんです。

編集委員

伝え方のスタンスが違っていると?

海野

本質的な意味では、写真を通して何かを伝えたい、という姿勢に違いはありません。目の前に見えていても見えていなくても、“撮れないものを撮れるようになりたい”と考える点も同じです。

撮りたいものを撮るためにどんなことをしたらいいか、といった発想は、いろんな場所で被写体に向き合い、経験を積んでいくと、パッと頭にひらめくようになります。僕の経験で言えば、蝶が飛ぶところ。僕はマクロレンズを使っていたけれど、それでは天気によってはブレてしまってうまく撮れない。そこで、広角レンズにフラッシュを使ったらいいんじゃないかと、とっさに思いついたわけです。オリンパスの(一眼レフカメラ)OMに21mm F2.0のレンズ。1/60秒のフラッシュ同調で、飛んでいる蝶を止めました。1980年ごろですね。当時、野外で飛んでいる蝶をそんなふうに広角で撮った人って誰もいなかったので、嬉しいんだよね。

それもあの時、先輩に「お前の写真はピントが悪い」と言われたのが、やっぱりよかった。写真について考え、カメラの扱いを勉強し、技術的な引き出しも増やすことができたわけですから。言われなかったら、気が付かないでそのまま、ですよ。

テーマは人の真似をするな

編集委員

写真家になろうと考えている人、写真の道へ進みたいと思っている人へのアドバイスをお願いします。

海野

好きこそものの上手なれと言うように、カメラを使って写真を撮るということが好きな人は、プロだろうとアマチュアだろうと、みんな写真家です。プロはそれで食わなくちゃいけないので、いろいろ大変ですが...。違いって、その辺だけじゃないかな。

今はアマチュアでもプロ並みに撮れるので、そういう人たちにはぜひテーマというか、自分で撮りたいものを決めて撮って欲しい。テクニックは真似をしてもいいけども、テーマは人の真似をしないことね。たとえば虫や自然の写真を撮るんだったら、自分の身の回りにある場所を決めて、そこで一所懸命撮るとか。みんなが有名な場所ばかりへ行ってバシャバシャ撮っていくと、同じ写真ばかりになってしまうでしょう?もっと身近な場所に目を向けようという感じで。

だいたいウェブとかを見ても、珍しい蝶とかトンボって、どさーっと写真があるんだよ。じゃあ、その辺にいるアゲハチョウはどうかっていうと、あまりない。そういうのは撮らないんだね。でも僕は、蝶なんかはその辺にいる普通種でも好きなんです。

生きて飛んでいる姿っていうのが、虫でも鳥でも一番素敵。基本的には、僕はそういう生き物の生きている姿を伝えたい。そうすることで、昆虫界と人間界の仲立ちの人になりたいと思っているんです。